太田ドクソの“atelier、白”

どくそがわたしを考えるところ。

診断書

いいなぁと思うことを「いいなぁ」以外の言葉で表せなくなったら死ぬんだと思っていたけど、案外死なないものなんだね。

暮らしの中で日々生まれ続ける沢山の「いいなぁ」を、私は最近まるで言葉に出来なくなった。

「いいなぁ」は「いいなぁ」でしかなくて、ポエムにするとなんか冷めてしまう。萎えてしまう。

 

自分の言葉はいつも好きだ。

私の生活に、人を傷つける言葉や自分をころすための言葉がいらないことを、ちゃんとわかった2年ほど前から、私は私の言葉をもっと好きになった。

足りすぎる分、満ちる分、足りないと思う部分がどうしてもある。

それは、今まで「あった」ものが「なくなった」から。

あるべき姿の正しさを知って、私の幸せは意思をもって少しずつ、

かんぺきに近づこうとしている気がする。

 

私はもう、別れた男を守らなくていいんだよ。

私はもう、別れた男を恨まなくていいんだよ。

私はもう、ついた傷をはがしても平気なんだよ。

私はもう、昔のつらさなんて忘れていいんだよ。

 

そんな声がいつも背中を撫でている。

聞こえないふりをして。

私にはまだ、それがたとえ「いま」痛みを伴わないものでも、

まだ、まだ必要な、戒めだ。

傷つけてきた男たちに感謝をしたい。

傷ついてきた自分をたたえてあげたい。

 

そうして言葉が生まれる。

診察を怠ってはいけない。

 

「いいなぁ」という気持ちを、「いいなぁ」という言葉以外で、いつだってすぐに言えるおんなでありたい。